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なぜ信長の政策は優れているのか

血で血を洗う戦国時代、武士として生まれたからには皆、天下人を目指して戦いに明け暮れていた・・・

そんなわけはない。

基本的に戦国武将達は、武士として「家」と家族と領民を守るために戦っていた。もし戦場で名誉の討死をすれば、遺族は生活保護が支給される。領地が増えれば食べ物が増える。そして何より重要なのは、武士といっても五月になれば田植えをするし、秋になれば稲刈りをしなければならなかった。いわゆる「半農半兵」である。

この状況を根本的に覆し、「兵農分離」政策を大規模に採り入れたのが織田信長であった。

信長は、領内で腕の立つ次男・三男らをかき集め、「常備兵」を組織し、一年中戦える職業軍人を養成した。近代において当たり前である、いつでも戦争できる組織を日本国中に作り上げたのは恐らく信長が初めてだろう。

つまり、天下を取る(京都を制し、日本全国を統治する)ことができたのは戦国時代において信長ただ一人であり、その後継である豊臣秀吉と徳川家康が天下人の座を得たのも信長が敷いたレールにうまく乗れたからである。

たしかに上杉謙信も武田信玄も毛利元就もリーダーとしての将器はずば抜けていたが、兵農未分離の彼らは武力で京都を維持することが不可能であり、天下人になることはできなかった。

やはり信長は世界史上における革命児であった。
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関ヶ原の戦いですの

9月15日は関ヶ原の戦いがあった日ですね。毎年、この時期になるとプレステ2の「決戦」というゲームをやっていたのですが、プレステ2は壊れてしまったので今年は何をするわけでもなく、関ヶ原関連の本やサイトを眺めて過ごしています。

改めて思うのですが、歴史というのは行動する人の心理を想像しながら読み解いていく過程が何とも楽しいですね。なぜ三成は全軍を関ヶ原へ移動させたのか、家康は関ヶ原に布陣する西軍を見てどう思ったのか。そして、どのような心理に基づいて行動し、どのような結果を生んだのか。一つ一つを自分の頭で考えて結論を導く。実際に現場へ行って「この距離を鎧兜を来て歩くのは大変だろう」とか妄想しながら考えるのは楽しいもんです。フヒヒ

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ハンサムガール!

今年のNHK大河ドラマ「八重の桜」、なかなか見ごたえがあって面白い。

女性主役の大河ドラマは、ホームコメディ調でつまらないというのが持論でしたが、今回の大河ドラマは少し違います。主人公の八重が登場するシーンは少なく、松平容保・吉田松陰・一橋慶喜・島津斉彬・井伊直弼といった幕末の政局キーマンが続々と登場します。

恐らく、八重が歴史の表舞台に登場するのは新島襄が活躍する時期まで待つので、会津時代の八重の登場シーンは少なくなりがちです。八重は、政局の変動を会津の片田舎で聞かされて「まぁ」とか「えー」とリアクションするだけ。まあ、八重の農作業を延々と見せられるより、京都の動乱劇を見るほうがおもしろいですから、それで良いんです。

八重が生きた時代は、幕末初期~昭和初期ですから、日本史の中でも大転換期と言えます。黒船来航、安政の大獄、桜田門外の変、池田屋事件、禁門の変、長州征伐、大政奉還、江戸城無血開城、戊辰戦争、西南戦争、日清戦争、日露戦争・・・戦争だらけの時代です。

八重も、数多の戦争で肉親を殺され、故郷・会津は新政府軍に占領され、全てを失った後、京都で同志社の設立に従事します。歴史に翻弄され、波乱の人生を歩んだ八重、主演は綾瀬はるかです。

Haruka Ayase1

テーマ : 大河ドラマ 八重の桜 - ジャンル : テレビ・ラジオ

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